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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)40号 判決

原告 株式会社 滝泰

右代表者代表取締役 滝沢東湖

右訴訟代理人弁理士 吉井昭栄

右訴訟復代理人弁理士 吉井雅栄

被告 特許庁長官 吉田文毅

右指定代理人通商産業技官 歌門恵

〈ほか二名〉

同通商産業事務官 柴田昭夫

主文

特許庁が昭和五六年審判第二一五七九号事件について昭和六三年一二月一二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年四月四日、名称を「色留め袖兼用振袖」とする考案(後に名称を「色留め袖に変え得る成人式用振袖」と補正、以下「本願考案」という。」につき実用新案登録出願(昭和五三年実用新案登録願第四五四三八号)をしたところ、昭和五六年八月二一日拒絶査定を受けたので、同年一〇月二二日審判を請求し、昭和五六年審判第二一五七九号事件として審理された結果、昭和五九年一月六日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)があった。そこで、原告は、昭和五九年三月一五日東京高等裁判所に前審決の取消訴訟を提起し、同裁判所昭和五九年(行ケ)第七五号事件として審理された結果、昭和六一年一月二九日前審決取消の判決(以下「前判決」という。)があり、右判決は確定した。被告は、前記審判事件について再び審理し、昭和六三年一二月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は平成元年一月二五日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした成人式用振袖において、身頃につける模様の位置を帯下部分に限定し、両袖につける模様の位置を上下の1/2線より下方に限定し、双方の模様を華麗な模様とし、身頃の帯上部分と両袖の上半分とを色無地に形成したことを特徴とする色留め袖に変え得る成人式用振袖

(別紙図面参照)

三  本件審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

2  これに対して、「原色染織大辞典」(株式会社淡交社昭和五二年六月六日発行)第九七一頁、第九七二頁(以下「第一引用例」という。)には、「振袖 未婚の女子が着る袖丈の長い小袖。現在の袖丈は三尺内外。(中略)江戸後期の大振袖は、大名、旗本、富裕な町人の娘たちが平日にも用い、一般には礼服、晴着に用いた。一尺五~六寸の袖は中振袖といい、大振袖より略式で中流階級の娘たちが用いた。」、「振袖裾模様 江戸時代に若い御殿女中が着用した振袖。総模様、中模様に次ぐもので裾及び袖の下方に文様を染め、金銀色糸で刺繍した。」と記載されており、同じく「上村松園画集」(株式会社講談社昭和四七年一〇月二五日発行、以下「第二引用例」という。)には、袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした振袖であって、前身頃の模様の位置が帯下部分に限定しており、袖の模様位置は、前袖又は後袖の模様が上下の1/2線より下方であり、それらの模様が華麗であり、前身頃の帯上部分と袖の上半分とを色無地にした振袖が図示されており、「図解きもの読本・染と織」(婦人画報社昭和五〇年一二月一〇日発行)第六六頁、第六七頁、第八八頁、第八九頁(以下「第三引用例」という。)には「「曙染島に飛鶴模様振袖」は鼠地の縮緬の裾の方の海中の島に飛鶴をあしらい、裾ぼかし(曙染はぼかし染のこと)に染めた明治前半のものですが、その絵画風な振袖に時代相がうかがえます。」と記載されており、後身頃の模様の位置が帯下部分に限定してあり、後袖の模様の位置が上下の1/2線より下方に限定してあり、それらの模様が華麗であり、後身頃の帯上部分と後袖の上半分を色無地にした振袖が図示されており、留袖模様に関して「昔、元服や結婚後に、それまで着ていた振袖の袖をみじかくしたところから出た呼び名です。」、「やはり振袖をちぢめて短かくした、つまり留袖であり詰袖というところに妥当性があるように思われます。」、「現在の留袖は裾だけに文様が配置され、袖にはつけないのがふつうです。」「留袖も振袖と同様に黒地のものを黒留袖、他の地色のものを色留袖や色模様などと呼びます。」と記載されており、留袖が図示されており、さらに同じく「婦人倶楽部一〇月増刊号きものと着こなし。六九秋冬」(株式会社講談社昭和四四年一〇月五日発行)第一八七頁(以下「第四引用例」という。)には、「結婚式のとき、竹田という主人の姓にちなんで、父が描いてくれた、白地に緑と朱の竹を描いた振りそで。そでを切れば、今でも着られると思うのですが」と記載されている。

3  本願考案と第一引用例記載のものとを対比すると、両者は、袖下端を長く伸ばした若人用振袖であって、その模様は身頃の裾及び袖の下方に華麗な模様をつけた振袖である点同じものであり、ただ本願考案の(1)袖下端を裾に近い位置まで伸ばした点、(2)身頃につける模様の位置を帯下部分に限定し、両袖につける模様の位置を上下の1/2線より下方に限定し、身頃の帯上部分と両袖の上半分とを色無地に形成した点、(3)振袖が色留め袖に変え得る成人式用である点が具体的に記載されていない点で相違するものである。

前記相違点について検討すると、(1)の点、第二引用例には袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした点が図示されているように特別なことではないからこの点は設計的にできることである。(2)の点、第二引用例又は第三引用例には、前身頃又は後身頃の模様の位置を帯下部分に限定した点、前袖又は後袖の模様の位置を上下の1/2線より下方に限定し、模様のない位置を色無地にしたことが図示されているものであり、この相違点は、第一引用例記載の振袖裾模様に関しての説明中、「裾又は袖の下方」の単なる表現上の相違にすぎない。(3)の点、第四引用例には振袖の袖を切って結婚後も着られることが、また第三引用例には振袖の袖をみじかくして留袖にした由来と、現在の留袖が身頃の裾だけに模様があり袖には模様がないことがそれぞれ記載されているから、第一引用例記載の振袖裾模様の袖を切れば留袖に変え得ることはきわめて容易に考案できることであるし、振袖は一般には未婚の女子が着る礼服、晴着であり、成人式用は、礼服、晴着の単なる限定にすぎない。

そして本願考案の効果は予測できることである。

4  したがって、本願考案は、第一引用例ないし第四引用例に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決の取消事由

第一引用例、第三引用例及び第四引用例の記載事項が本件審決認定のとおりであること、並びに本願考案と第一引用例記載のものの一致点、相違点が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は右相違点(1)ないし(3)について判断するに当たり、第二引用例ないし第四引用例記載の技術内容を誤認し、かつ本願考案の奏する顕著な作用効果を看過した結果、本願考案は第一引用例ないし第四引用例記載のものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたと誤って判断したものであるから、違法であって、取り消されるべきである。

1  相違点(1)についての判断の誤り

本件審決は第二引用例を「振袖」に関する文献と認定している。

第二引用例記載のものが振袖の一種であることは認める。しかしながら、第二引用例は、着物に関する技術分野では通常「ひきすそ着物」あるいは「引き着物」と呼ばれている「着物のすそを引きずる着物」の文献であり、本願考案の対象とする「成人式用振袖」とは明確に区別されている。

したがって、裾を引かない振袖である第一引用例記載のものに、引き着物である第二引用例記載のものを適用して相違点(1)に係る袖下端を裾に近い位置まで伸ばす構成とすることは当業者がきわめて容易に想到し得ることではない。

2  相違点(2)についての判断の誤り

本件審決は、相違点(2)について、「第二引用例又は第三引用例には、前身頃又は後身頃の模様の位置を帯下部分に限定した点、前袖又は後袖の模様の位置を上下の1/2線より下方に限定し、模様のない位置を色無地にしたことが図示されている」と認定している。

しかしながら、第二引用例記載のものが引き着物であって振袖と区別されることは前述のとおりであるから、第一引用例記載のものにこれを適用して、相違点(2)に係る本願考案の前記構成を得ることは当業者がきわめて容易に想到し得ることではない。

また、第三引用例には、後身頃の模様の位置を帯下部分に限定した点、及び後袖の模様の位置を上下の1/2線より下方に限定した点は開示されているが、前身頃の模様の位置を帯下部分に限定した点、及び前袖の模様の位置を上下1/2線より下方に限定した点は開示されていない。このことは、前判決がその理由において、第三引用例について「「身頃の上方部分と両袖の上半分とを無地に形成した振袖」が記載されていると直ちに認めることはできない」(第一六枚目表第六行ないし第八行)と判示していることから明らかであり、本件審決の前記認定は前判決の拘束力に反するものである。

したがって、第一引用例記載のものに第三引用例記載のものを適用しても相違点(2)に係る本願考案の前記構成を得ることはできない。

3  相違点(3)についての判断の誤り

第三引用例には振袖の袖をみじかくして留袖にした由来が記載され、第四引用例には振袖の袖を切って結婚後も着られることが記載されていることは認める。

しかしながら、単に普通に袖を切るという考え方だけでは振袖に配した模様が死んでしまったり、また無地にならなかったりする。本願考案はこの点をあらかじめ袖を切ることを考慮して全体の模様を設定し、袖の下半分を切除して無地袖にする点に特徴があるのであって、第一引用例記載のものに第三引用例及び第四引用例記載のものを適用して相違点(3)に係る振袖を色留め袖に変え得る成人式用とする構成を得ることは当業者がきわめて容易に想到し得ることではない。

4  作用効果の看過

本件審決は、「本願考案の効果は予測できることである。」と判断している。

しかしながら、本願考案は、袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした成人式用振袖をミスが成人式に着用した後、ミセスになったら袖を詰めるだけでパーティなどに色留め袖として着用できるようにした成人式用振袖を提案しようとするものである。本願考案における振袖は、袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした成人式用振袖に特定され、身頃につける模様と両袖につける模様の双方を華麗な模様になるように配慮するからこれまで同様の成人式用振袖として十分通用し、この成人式用振袖の身頃につける模様の位置を帯下部分に限定し、身頃の帯上部分と両袖の上半分とを色無地としたので、結婚後この振袖の両袖を略々1/2線位置で切除して留袖にすれば身頃の帯上部分と両袖は色無地となり、普通の留袖としての規格と格調を有する色留袖に変えられることに特徴があるのである。その結果、本願考案は一枚で成人式用振袖と色留め袖の二枚を購入したのと同様な経済性を有するものになるなど極めて商品価値が高いという顕著な作用効果を奏するものである。

したがって、「本願考案の効果は予測できることである」とした本件審決の前記判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  相違点(1)について

「振袖」とは、第一引用例に記載されているように、袖丈の長い小袖のことであり、第二引用例に描かれた和服は振袖である。裾を引くかそうでないかは着用の仕方の違いだけであり、振袖は、裾を引いても着用できるし、おはしょりをして裾を引かないで着用することもできるものであり、この点は振袖の構成上の相違ではない。

2  相違点(2)について

第三引用例には、後身頃の模様の位置が帯下部分に限定してあり、また後袖の模様の位置が上下の1/2線より下方に限定してあり、それらの模様が華麗であり、後身頃の帯上部分と後袖の上半分を色無地にした振袖が図示されている。前判決は、第三引用例に図示された振袖について「左前身頃と左衽の模様が裾だけにあるかどうか断定することができない。」と判示しているものであり、本件審決の右認定は前判決の拘束力に抵触するものではない。

第一引用例に、振袖裾模様が裾及び袖の下方に文様を染め、金銀色糸で刺繍したものであることが記載されている。裾は衣服の下の縁を意味するものであるから身頃の帯下部分であり、袖の下方は、中央の1/2であるからその下であることは常識的であるが、第二引用例又は第三引用例の絵をみると、その点はより明瞭である。

3  相違点(3)について

第三引用例には、留袖が「元服や結婚後に、それまで着ていた振袖の袖をみじかくしたところから出た呼び名」という留袖の歴史的由来と、「現在の留袖が裾だけに文様が配置されている」構成が記載されており、第四引用例には、現在でも振袖の裾を切って結婚後に着るということが記載されているから、裾と袖の下部だけに模様がある振袖裾模様の袖を切れば留袖に変え得ることは当業者であればきわめて容易に考案できたことである。

4  作用効果について

振袖は第一引用例にも記載されているように、未婚の女子が着用する礼服、晴着であって、成人式用であることは、振袖の用途としては自明のことにすぎない。

また、留袖は現在は既婚女性の礼服用の紋付裾模様の着物のことであって、振袖裾模様の袖の丈をみじかくすればできることは当業者であれば容易に考えつくことである。このことは、第三引用例に記載してある、元来既婚女性が振袖の丈を詰めて用いた留袖の歴史からみても明らかである。

したがって、本願考案の効果は予測できることであるとした本件審決の判断に誤りはない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(本件審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  《証拠省略》によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一)  本願考案は、色留め袖に変え得る成人式用振袖に係るもの(昭和五八年九月一四日付け手続補正書第二頁第二行、第三行)であって、一般に振袖はミスが着る礼装であり、特に最近は成人式用振袖が開発され、華麗にして極端に袖を長くした振袖が常用され、模様は肩や衿元はもちろん、胸から裾までの略全面と、両袖においても肩から袖下までの略全面に模様が配されているため、独身時代しか着れず、成人式以外に着る機会も少なく、ミセスになればたとえ袖を詰めても留袖としての着用は不可能で非常に不経済であった(同第二頁第一二行ないし第三頁第九行)との知見に基づき、このような欠点を解決することを技術的課題(目的)とするものである。

(二)  本願考案は、右技術的課題を達成するために実用新案登録請求の範囲(本願考案の要旨)記載の構成(同第一頁第六行ないし第一二行)を採用したものである。

(三)  本願考案は、前記構成を採用したことにより、成人式用振袖を普通の留袖としての格調と規格に合う色留め袖に変えることができ(同第四頁第一〇行、第一一行)、一枚で成人式用振袖と色留め袖との二枚を購入したのと同様な経済性を有することになるなど極めて商品価値がある(同第五頁第二行ないし第五行)という作用効果を奏する。

2  第一引用例、第三引用例及び第四引用例の記載事項、並びに本願考案と第一引用例記載のものとの一致点、相違点が本件審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、本件審決は右相違点(1)ないし(3)について判断するに当たり、第二引用例ないし第四引用例記載の技術内容を誤認し、かつ本願考案の奏する顕著な作用効果を看過した結果、本願考案は第一引用例ないし第四引用例記載のものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたと誤って判断した旨主張するので、この点について検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、第二引用例には、袖下端を裾に近い位置まで長く伸ばした着物が図示されていることが認められ、この着物が振袖の一種であることは原告の認めて争わないところであり、かつ本願明細書にも本件出願前極端に袖を長くした振袖が常用されている旨記載されていることは前記1認定のとおりであるから、第一引用例記載のものにおいて、相違点(1)に係る本願考案の構成、すなわち、袖下端を裾に近い位置まで伸ばすようにすることは単なる設計事項にすぎないというべきである。

したがって、相違点(1)についての本件審決の判断に誤りはない。

(二)  次に、第三引用例には、後身頃の模様の位置が帯下部分に限定してあり、後袖の模様の位置が上下の1/2線より下方に限定してあり、それらの模様が華麗であり、後身頃の帯上部分と後袖の上半分を色無地にした振袖が図示されていることは、当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、第三引用例に図示された「曙染島に飛鶴模様振袖」には、左前身頃の模様は左後身頃の模様よりやや上まで伸びてその左端の部分は左衽に隠れて見えず、左前身頃に続く左衽の部分の模様は左前身頃の模様の更に上方まで続き、その上方は左袖に覆われて見えなくなっていることが認められ、この隠れた部分に模様がないと断定できないから、第三引用例記載のものは、身頃の上方部分と両袖の上半分とが無地に形成されているとは認めることができない。《証拠省略》によれば、このことは、前判決が既にその理由中において認定しているところである。

したがって、第三引用例には、相違点(2)に係る本願考案の構成、すなわち、身頃につける模様の位置を帯下部分に限定し、両袖につける模様の位置を上下の1/2線より下方に限定し、身頃の帯上部分と両袖の上半分とを色無地に形成した点が開示されているとはいえない。

もっとも、《証拠省略》によれば、第二引用例に記載された前記認定の振袖は、前身頃の模様の位置が帯下部分に限定してあり、両袖の模様位置は、上下の1/2線より下方であって、身頃の帯上部分と両袖の上半分とを色無地に形成したものであることが認められる。

しかしながら、本願考案は、従来の成人式用振袖が胸から袖までの略全面にわたって模様が配されているため、独身時代しか着ることができず、結婚後はたとえ袖を詰めても留袖としての着用が不可能で非常に不経済であったとの知見に基づき、このような欠点を解決することを技術的課題として前記構成を採用したことにより、成人式用振袖を普通の留袖としての格調と規格に合う色留め袖に変えることができるようにしたものであることは前記1認定のとおりである。これに対して、《証拠省略》によれば、第一引用例には、「振袖」、「振袖裾模様」の項に本件審決認定の記載事項が認められるにすぎず、本願考案の右技術的課題及び技術的思想については記載も示唆も存しないことは明らかである。そして、《証拠省略》によれば、第二引用例は、著名な日本画家である上村松園の画集中のいわゆる美人画であって、もとより前記技術的課題については何ら示唆するところがないことが認められるから、当業者においてこの画集を見た場合に、身頃の上方部分と両袖の上半分とが無地に形成されているところに着目して、第一引用例記載のものにおいて、その模様を相違点(2)に係る本願考案の前記構成と同様に限定し、振袖を留袖にも変え得るようにすることがきわめて容易に想到し得るということはできない。

また、第三引用例及び第四引用例に本件審決の理由の要点2摘示の記載事項が存することは、当事者間に争いがない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、本件審決摘示の第三引用例の記載事項中「留袖模様」について、「昔、元服や結婚後に、それまで着ていた振袖の袖をみじかくしたところから出た呼び名です。」(第八八頁上欄第四行ないし第六行)、「やはり、振袖をちぢめて短かくした、つまり留袖であり詰袖というところに妥当性があるように思われます。」(同欄第一一行ないし第一三行)の記載は、留袖の語源の説明として述べているにすぎず、現在の留袖が振袖の袖をちぢめて短かくして作成されたものであることを述べたものではないと認められ《証拠省略》によれば、このことは前判決が既にその理由中において認定しているところである。)、「現在の留袖は裾だけに文様が配置され、袖にはつけないのがふつうです。」(同頁下欄第二行、第三行)、「留袖も振袖と同様に黒地のものを黒留袖、他の地色のものを色留袖や色模様などと呼びます。」(同欄第五行ないし第七行)の記載は、現在の留袖の模様の配置について述べているにすぎないことが認められ、これらの記載から、第一引用例記載のものにおいて、相違点(3)に係る本願考案の構成、すなわち振袖を色留め袖に変え得る成人式用とすることが当業者にとってきわめて容易に想到し得たということはできない。

さらに、《証拠省略》によれば、本件審決摘示の第四引用例の「結婚式のとき、竹田という主人の姓にちなんで、父が描いてくれた、白地に緑と朱の竹を描いた振りそで。そでを切れば、今でも着られると思うのですが」(第一八七頁上欄第二五行ないし第二七行)の記載からは、第四引用例記載の振袖の模様がどの部分に描かれているか不明であり、しかも右記載に続いて、「もったいなくて、そのままたいせつにしまってあります。」(同頁第二七行、第二八行)と記載されていることが認められるから、この振袖が本願考案の前記技術的課題を意図して作成されたものでないことは明らかであって、第四引用例に右記載事項が存するからといって、第一引用例記載のものにおいて、相違点(3)に係る本願考案の前記構成を適用することが当業者にとってきわめて容易に想到し得たということはできない。

被告は、第三引用例及び第四引用例の前記記載事項に基づいて裾と袖の下部だけに模様がある振袖裾模様の袖を切れば留袖に変え得ることは当業者であればきわめて容易に考案できたことである旨主張するが、その主張の理由がないことは前述したところから明らかである。ことに、本件出願は、実用新案登録出願であり、実用新案は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(実用新案法第二条第一項)であれば高度のものであることを要しないのであって、その着想に格別のものがあり、しかもその構成によって後記認定のような優れた作用効果を奏するものである以上は、第一引用例ないし第四引用例の記載事項をすべて組み合わせれば本願考案の構成を得られるという理由だけで、本願考案は当業者にとってきわめて容易に考案をすることができたというべきではない。

したがって、相違点(2)及び(3)について、第一引用例記載のものに、第二引用例ないし第四引用例記載のものを適用して本願考案の構成を得ることがきわめて容易であるとした本件審決の判断は誤りである。

(三)  本願考案は、その要旨とする構成により、成人式用振袖を普通の留袖としての格調と規格に合う色留め袖に変えることができ、一枚で成人式用振袖と色留め袖との二枚を購入したのと同様な経済性を有することになるなど極めて商品価値があるという作用効果を奏するものであって、第一引用例ないし第四引用例記載のものはそれぞれ単独にこのような作用効果を奏し得ないこと、また、この作用効果は第一引用例ないし第四引用例記載のものを組み合わせることによって通常予測し得る範囲を越える顕著なものであることは、これまで述べてきたところから明らかである。

したがって、本願考案の効果は予測できることであるとした本件審決の判断は誤りである。

3  以上のとおりであるから、本件審決は、本願考案と第一引用例記載のものとの相違点(2)及び(3)についての判断を誤り、かつ、本願考案の奏する顕著な作用効果を看過した結果、本願考案は第一引用例ないし第四引用例記載のものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたと誤って判断したものであって、違法として取消しを免れない。

三  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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